Runpippi


腰部の加速度とスピードの関係

ランニングスピードと相関が高い変量に腰部の加速度があります。
 
ここでは、加速度計Runpippiで測定した結果をご紹介します。
 
スピードトレーニングの補強運動の参考にして頂ければ幸いです。 

 
1.腰部の加速度波形
 
 

 
  [図1-1]






  [図1-2]
 図1−1は100mを11.41秒で走ったときのスタートから約5秒後の波形、4歩分です。
 
■ 図1−1の黒矢印の時刻の時、ランニング姿勢は図1−2の黒矢印のような形をしています。
   多少のズレはありますが、支持足が接地して、腰の位置が最も下に来た時、上向きの加速度が最大です。
 
  図1−1の黒矢印の左にある前進加速度(赤い線)の谷は着地時のブレーキです。
   実はスピードとの強い相関は認められません。直後の加速で取り戻されています。
 
  被験者は400mで47秒0台の記録を持つ青年S氏です。
 
  ランナーが巡航スピードに乗ったからと言っても、腰部は決して等速直線運動ではなく、激しい加速と減速を
   受けています。
 
  余談ですが、前後・上下方向の波形は奇数歩同士、偶数歩同士が同じです。つまり左右の足が対称な動き
   をしているのではない、ということです。
 
  これもまた余談ですが、左右方向の加速度は奇数歩目と偶数歩目が逆相です。筋肉は左右対称について
   いますが、加速度計の測定軸は左をマイナス、右をプラスとしているためです。
 

 
2.加速度と力
 
  加速度とは単位時間当たりの速度の変化量です。
 
 
  地表付近で物体を落下させると、空気の抵抗がなければ、毎秒9.8 m/秒の加速があります。
 
   これを1単位とするのが重力の加速度[G]です。
 
 
  仰向けに寝ているとき、背中が床に押しつけられます。
 
   それを秤で測ると自分の体重になります。重さを支えるには力が必要です。
 
 
  車が発進するとき背中がシートに押しつけられます。
 
   背中が押しつけられる点は寝ているときと同じですが、車の場合は加速しているのが原因です。
 
 
  このことから、加速度は力と関係があることを実感できます。
 
   図1−1の強大な加速度は筋力の現れに他なりません。
 

 
3.前進加速度の山と谷
 
  図1−1の前後方向加速度(赤い線)は黒矢印の所で山を描き、その後に深い谷を描いています。
 
  これに似た波形は、 加速度計を机の上に立てて、止っている状態からスッと前に押しパッと止めると、
  得られます。図3−1はその実測図です。
 
   
                                         [図3-1]
 
  「スッと押しパッと止める」と加速度は山と谷を描きます。加速度曲線の解釈に極めて重要な事実です。
  動き始めはスピードがどんどん上がって加速度の山を迎え、次ぎにスピードの上がり方が次第に少なくなって
  加速度が0になります。このときが最高スピードです。そしてどんどん減速して加速度は谷底に至り、減速が
  穏やかになってやがて減速が止まり、加速度が0になります。
 
  トレッドミル上のランナーを真横から眺めると、着地中に腰がクッと前に進み跳躍を始めてからグッと止って
  見えることでしょう。
 

 
4.スピードを変えて走ると加速度はこうなります
 
 [図4-1]
 
 
  スピードが上がると、山の高さ、谷の深さが増します。 (激しく突き出し激しく止る)
 
   つまり、腰をクッと前に進める力とグッと止める力が強く働いています。
 
   図4-1の凡例のタイムは100mを走った時のものです。
 
  山と山の間隔が狭くなります。 (ピッチが上がります)
 

 
5.前進ピーク加速度とスピードの関係
 
  前進ピーク加速度の平均値をスピード毎にプロットしたのが下図です。
 
 
                                  [図5-1]
 
  前進ピーク加速度が大であるほどスピードが大である傾向があります。
 
   ※高速部の2点が逆順方向になっていますが、実は左右方向の加速度に食われた結果です。
     前進加速度と左右方向加速度を合成した加速度に対しては順方向になります。

 
6.前進ピーク加速度・ボトム加速度の差とスピードの関係
 
  前進ピーク加速度とボトム加速度の差の平均に対するスピードをプロットしたのが下図です。
 

                                [図6-1]
 
  前進加速度の谷底から山頂までの高さが大であるほどスピードが大である傾向があります。
 
   つまり、腰をクッと前に進める力とグッと止める力の差が大であるほどスピードが上がっています。
 
  「グッと止める」とは、離地した支持足を、振出足へと切り返す速さの表れではないかと考えていましたが
   振出足の脛の蹴りだしが効いているようです。
  前進加速度の谷底は空中の運動を表していますからフォースプレートでは測定できないデータです。
  こころある人は掘り下げて考えて下さい。
 
  この変量で見ると、高速部の2点は順方向にあります。

 
7.上向ピーク加速度とスピードの関係
 
  上向ピーク加速度の平均値をスピード毎にプロットしたのが下図です。
 

                                [図7-1]
 
  上向ピーク加速度が大であるほどスピードが大である傾向があります。
 
   高速部の2点が前進加速度同様に逆順方向になっていますが、残念ながら理由の解明は未了です。
 
 上向ピーク加速度が大であっても、跳躍が高いのではありません。実際は跳躍の高さが減少しています。
 
 

 
8.トレーニングへの応用
 
  
すでに知られているトレーニングでしょうが、体幹補強トレーニングの一環として述べてみたいと思います。

ピーク加速度は図8−1の矢印の方向を向きます。
力は加速度に比例しますから、矢印の反対方向に外力を加え、釣り合うように
筋力を発揮するトレーニングを行えば、スピード増加に役立つと考えるもので
す。

この矢印を水平方向と垂直方向に分解し、前進加速度、上向加速度の強化ト
レーニングとして述べます。
 
 
8.1 前進加速度を強化するトレーニングの提案
   
具体的方法の一つに、仰臥ブリッジ姿勢で腰部を上下に律動するトレーニングがあります。

図8−2のような姿勢で仰向けになり、肩の下に適切な高さの枕をあてて、両足または片足でブリッジ姿勢 を作ります。図8−2は青の足による片足ブリッジの例です。
このままでは踵の一点に圧力がかかって危険ですから、踵の圧力を分散するためにそば殻枕とか足枕 必要になります。
このブリッジ姿勢で腰をクックッと浮かせる律動運動を行うと背筋、 大腿の後ろ側などが調和した筋力トレーニングになります。あるい は静止状態で赤の足を上下に振っても律動になります。前者は動 的負荷が主体ですが、後者は静的負荷+動的負荷になります。後 者のトレーニングの直後に歩くと、腹が勝手に前に進み、大腿が自 然に後ろに送られる感を覚えます。

毎秒3回のペースで 5cm上下させると、瞬間的に最大1.9Gの加速 度がかかります。
腰部の換算質量に加速度を掛けた値が発揮する筋力になります。
軽すぎる負荷ではジョギングと変りませんので、腹部にバーベル錘を置いた負荷調整が要るでしょう。初 心者は無荷重でも高い負荷感がありますので、バーベル荷重の調整はランナーの感覚を確かめながら慎 重に進める必要があります。

図8−2において腰部の換算質量が体重(身体質量)の半分である、とすれば静止状態ではピーク加速 度0.5G相当の筋力発揮になります。腰部の換算質量の計算はおよその目安ですからご注意下さい。
腹部に体重分のバーベルの錘を乗せるとその半分が腰部の換算質量に加わるとして、静止状態でピーク 加速度1G相当の筋力発揮になります。これで毎秒3回のペース(ピッチ180)で 5cm上下させると、ピーク 加速度1.9G(1+0.5×上下幅[m]×36.2G)相当の筋力発揮になります。

提案できるのはここまでです。負荷の程度、1セットあたりの律動回数、セット数、シーズンの初め・中程・ 終りのトレーニング量、競技種目による負荷の軽重など多くのことを決めなくてはなりませんが、それらは専 門書(例えば、コーチングマニュアル:出版芸術社・陸上競技社)に譲ります。


ご参考にエリートランナーのピーク加速度を紹介しておきます。
・身長180cmのS氏は100m12秒ペースのとき図5−1のように約3.3Gのピーク加速度があります。
・身長174cmの箱根ランナーT氏は1km3分ペースの時1.8Gのピーク加速度を記録しています。
  
   
 
 
8.2 上向加速度を強化するトレーニングの提案
 
補強トレーニングに垂直跳びを組込むことを提案します。

垂直跳びの高さは10cm程度で、毎秒3回程度のものです。

このままではランニング中の跳躍と変りませんので、鉛のウエイトが入ったベストを着用して負荷をかけま す。

単なる垂直跳びでは飽きる場合、縄跳にすると良いでしょう。腕振りのトレーニングにもなります。
 
 
8.3 要素トレーニングのまとめ作業
 
さる方より頂いたコメントですが、水平方向と垂直方向に分解したトレーニングの先にはバランス良くまと めあげる作業が必要と言われています。典型的な作業は「直後に負荷を掛けない状態でのスプリント を入れること」です。

さる方とはhttp://juathlete.exblog.jp/ を運営される方で、『「陸上競技に走り込みは必要ありません」管理 人』と仰る方です。その中で、「シャフト担ぎダッシュ」を提唱されています。是非ご一読下さい。
 http://juathlete.exblog.jp/9202828/

前進加速度と上向加速度を上げる負荷トレーニングはこの他にも様々なバリエーションがあると思います が、いずれにせよ強い負荷を掛けた筋力トレーニングの後は走りの感覚にまとめる上げる作業が欠かせま せん。
 

 
9.おわりに
 
腰部加速度とスピードとの線型関係をご紹介してきました。
初めて御覧になる方は驚かれたことでしょう。
 
映像データから加速度を求めようとすると、デジタイズに手間取り、まことに容易ならざるものがありますが、
加速度計は簡便に測定が出来て、そのデータはランナーの特徴をはっきり映し出します。
幾人かの加速度波形を「A.付録」に載せておきますのでご覧下さい。
 
尚、この分野には次のような課題が残っています。
 着地ブレーキの緩和策
   体幹のスピードと靴底のスピードの差から出ているものですが、短距離走はともかく長距離走では
   ダメージになるでしょう。着地ブレーキの発生傾向把握とその緩和策が課題です。
 
  横方向加速度の功罪
   横方向に強い加速度が短い周期で出ていますが、この功罪が分かっていません。
   これを前に向けたならばスピードが上がると思えますが、短絡的思考の恐れがあります。
 
  左右足の加速度の対称性
   左足着地と右足着地では多くの場合、加速度波形も周期も異なります。
   波形の是非の評価方法、対称性を高めるトレーニング方法の開発が課題です。
 


A.付録 − ランナーの個性を映し出す加速度波形
 
 
  様々なランナーの加速度波形を付録として紹介します。
 
  図は連続する2歩の波形を複数本、重ねて描いています。
 
  図中、青線は上下方向緑線は左右方向赤線は前後方向の加速度を表しています。
 
 
図A-1はスプリンターの腰部加速度波形です。 (100mを11.41秒で走行)
 

 
  [ 図A-1 ]
 
  (注1) 離地すると0[G]になりますが、手足の動きが腰部に反映するので必ずしも0[G]を観測できるとは
       限りません。離地する辺りでは上下方向加速度が急激に減少するので、1〜0[G]を離地の目安
       としたものです。
 
 
図A-2は箱根の2区を走ったT氏の腰部加速度波形です。(100mを17.49秒で走行)
 

  [ 図A-2 ]
 
 
図A-3は5000mの自己ベストが16分30秒台の長身ランナーTB氏の腰部加速度波形です。
 

  [ 図A-3 ]
 
 
図A-4は5000mの自己ベストが18分台のランナーM氏の腰部加速度波形です。
 

  [ 図A-4 ]
 
ファンダメンタル、リズム、フォームの違いが見えてきませんか?

目次

「腰部加速度とランニングフォームの対応」もご覧ください、動画です

「骨盤の回転」もご覧下さい